やっぱりけん玉が好き

惰性とボケ防止でブログを続けています

出雲風土記のありがたさ

クレムリンのドローン事件で

ロシアがアメリカがやったと騒いでいるけど

そんなことさせていたら、ロシアの防衛体制が

ボロボロと自分で自白しているようなもの

だと思う今日この頃、

あなたは烏賊がお好きでしょうか。

 

さて昨日はマシントラブルというか、

山の中で起きたら恐怖の一つを体験したので

今日は前の主力戦闘機のREDLY FENIXを出して

昨日走る予定の逆走ということで右回りを走りました。

 

天気も昼から雨予報なので、

降りそうになったら引き返す予定。

 

安来一周とかいいつつ、いきなり松江に入り

高清水神社の通る野呂農道を上り、

広域農道を下って、岩舟古墳に行く道を南下し広瀬へ。

そして頭がコーヒーを欲して仕方なかったので

ローソンにと思ったら、潰れてました。

まあ田舎あるある。

 

で近くのファミマに行ったら

なんて多い人。独占状態だがん。

コーヒー飲んで、トイレを済ませ、

祖父谷へ行きトンネルを越え、山佐に下り

ダムを超えて、奥田原へ。

そしたらポツポツ降ってきたので、

引き返すことに。

 

奥田原からR432に出て、布部ダムを下り、広瀬を抜け

伯太川沿いを南下すると、いつも参拝している能義神社で停車。

 

出雲四大神、ここ以外では

熊野大社、佐汰神社、出雲大社

美保神社はありません。

 

美保神社は美保関の名前の由来とのたまってますが

それは出雲風土記に書かれていません。

美保関はミホススミという女神がいたから

その地名の由来になったと出雲風土記に書いてあります。

 

神社ってこういうところがあり、宣伝のためなら

平気で既成事実を作り上げるのがちょっとイラつきます。

それを大方出雲風土記は暴いてくれるので

全国で唯一の完本の出雲風土記はありがたいです。

 

さて県道45号線にこの能義神社の石碑があるのですが

ここに昔の地図とか番所が示されていて

結構面白いです。

昔は安来は海岸沿いではなく、この内陸部の能義神社の横に

街道があったとか分かります。

海岸沿いは湿地だったのか、暴れ川で地形が変わっていたのか

色々と理由はありそうですが、

人が開墾しないと場所が良くても住めないのでしょうね。

 

因みに4枚目の地図の下に暑垣烽とあるのは

朝鮮半島から軍が襲ってきたときの

狼煙台があったとかかれています。

自分の住んでいる地名の由来とか、施設の名前とか

出雲風土記に書いてあるから、ほんと優秀。

出雲風土記

出雲地方では誇れるものです。

 

おはり。